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連載コラム・第4回
老眼について
「老眼」、なんといやな響きでしょう。(苦笑)
その年代に近づいている私などにとっては切実な問題です。
しかし、必ずやって来るこの現実を受け止め、少しでも仲良く接していくために必要なアイディアをご紹介しましょう。
老眼は、調節力の低下によって起こります。元来、人間の眼はオートフォーカスなのですが、この調節と呼ばれる焦点を合わせる力が低下して、近くのものを見るときに焦点を合わせきれないのが老眼です。
調節は、眼の中にある毛様体という筋肉が収縮することにより、毛様体と水晶体を結ぶ繊維が緩み、水晶体が自己の弾力で膨らんで屈折度を増加させます。よく誤解されますが、毛様体の筋力が低下して起こるのではなく、水晶体が硬化して膨らまないために起こる現象です。
水晶体は、水晶体嚢(すいしょうたいのう)という袋の中に収まっており、その中の細胞は外に出ることはありません。しかし細胞自体は細胞分裂を繰り返し、老化した細胞は周辺部に押しやられ堆積していきます。その結果、水晶体は年齢と共に弾力が失われ堅くなっていくのです。
老眼は目が疲れる、といいますが、毛様体が、必要なだけの緊張(調節)をしても明視できないために、更なる緊張をして焦点を合わせようとするから当然のことです。
この調節力というのは、実のところ、すでに10歳くらいから低下は始まっています。
30センチや40センチの距離を明視するのに必要な実用的な調節力程度に低下するのが45歳頃、
そして60歳を迎える頃には概ねゼロに近い状態になります。
水晶体の硬化と共に減り、いつかは無くなる調節力ですから、老眼を我慢するのは決して眼にとって得策ではありません。

ここで例え話をひとつ。
同い年のAさんとBさん。45歳になり、老眼のスタート地点に立ちました。
Aさんは老眼への抵抗を見せ、眼の疲れをはじめ、頭痛や肩こりに見舞われながらも頑なに老眼鏡を拒み続け、いかにも読みにくそうに本や新聞を眺めています。
Bさんは冷静に現実を受け止め、適度な老眼鏡を用いて不自由の無い視生活を送っています。
二人は間もなく60歳の老眼のゴールを迎えますが、Aさんは疲労困憊の様子、片や、Bさんは疲れた様子も無くゴールを迎えようとしています。
さて、道中、そしてゴールを迎えた後のこと、あなたならどちらを選びますか?
第2回のコラムで遠点と近点のことをご紹介しましたが、 老眼鏡というのは対象物が明視できる距離に遠点と近点をもってくるものです。年齢と共に調節力が低下してくると、遠点と近点は近づき、すなわち明視できる範囲が狭くなります。30センチの距離だとはっきり見えるのに35センチだとぼやけてしまう、ということにもなってしまいます。
そこで、より奥行きをもった視野が得られるようなレンズが登場しました。
俗に言う「境目の無い遠近両用レンズ」は累進焦点レンズとよばれ、上部から下部にかけて、徐々に度数を老眼のものに変えていくという構造を持っています。しかし基本的には常用レンズ、つまりいつも掛けている遠用メガネの下部に小さな老眼のスペースを付けたものです。
それとは逆に、近用レンズの上部に累退部分を設け、度数を弱めるという仕組みです。
このタイプの老眼鏡ですと、奥行き視野は格段に広がります。デスクワークやパソコンを使う上で必要な明視域は充分確保できます。今後は単焦点の老眼鏡に代わりこの種類の老眼鏡が主流になっていくと思われます。
さて、老眼世代になるとどんなメガネが必要になるでしょう?
単焦点の遠用メガネ、単焦点の近用メガネ、遠近両用メガネ、遠近両用から遠を省いた中近両用メガネ、
前述の累退近用レンズ、あたりが考えられます。
どれにも一長一短があり、一つですべてが賄えるというものではありません。
また、生活習慣、趣味、遠近両用メガネへの適否など、一人一人違いますから、正解の組み合わせ、というのもそれぞれです。
店頭ではデモンストレーション用のレンズが揃っていますから、欠点と長所を見極め、技術者と相談して決めてください。我々、眼鏡技術者の仕事も手先の細かい仕事が多く、店内を見渡せる程度の遠用視力も必要ですし、また最近ではコンピューターに触れる機会も多くて、老眼はやはり切実な問題ですから、老眼世代の店員を捕まえて相談するというのも良い方法かもしれません。
あっ、私はまだ老眼ではありませんが、商品は充分に研究していますから大丈夫です。(笑)
老眼鏡は、近くのものを見るために使うものです。遠点は眼前数十センチにありますから、遠くはぼやけて見えてしまいます。にもかかわらず、老眼鏡を掛けたままテレビを見たりトイレに立ったり、お茶を入れに行ったりする方がいます。そのうち、その老眼鏡を掛けたままでも遠くがはっきり見えてきたりします。
これには諸説ありますが、潜伏していた遠視が引っ張り出される説、少しでもはっきり見ようと眼がメガネに合わせてしまう説、が有力です。
どちらにしろ、凸レンズを通して遠くがはっきり見える、というのは遠視になった証拠です。そしてそのメガネは老眼鏡としては弱くなってしまっていますから、より強い老眼鏡が必要になります。更にその強い老眼鏡を掛けて遠くを見ようとするものなら、堂堂巡り、どんどん遠視が強くなっていきます。
特に、取り扱いの注意を受けずに入手した既製の老眼鏡を使っている方に多く見られるようです。
遠視とは、「遠くのものが見えにくく、近いところは更に見えにくい眼」です。おまけに眼精疲労、特に頭痛や肩こりを起こす大きな原因で、よいところはひとつもありません!
遠視は、一生背負っていかなければいけない荷物です。自分でその荷物を重くしてしまうことは絶対に避けてください。面倒くさがらずに、必要じゃないときは外す習慣をつけましょう。
既製老眼鏡について
世の中には既製老眼鏡というものが存在します。
医学博士・高山東洋先生の著書「危いメガネ選び」の中で、
「以前から既製の老眼鏡はあるにはあったが、それはたいていスーパーマーケットでの出張販売や縁日の夜店に限られていた。仮にもメガネ店と名の付くところは、決してそんな無謀なことはしなかった」
とあります。そして、
「既製の老眼鏡を掛けて、全く大丈夫という人は、十人に一人もいないし、合わないのに無理をして掛けていれば眼の疲れはおろか頭痛やめまいの原因になることをメガネ屋さん自身がよく知っていたからだ」
と続けられています。
全くその通りなのですが、高山先生の文章が過去形になっていることも実は大きな問題です。
既製の老眼鏡というのは、レンズの度数が数段階に別れていて、その中から試着して選ぶ、という洋服や靴と同じようなシステムになっています。
左右の度数の差、乱視度数の有無、両方の眼の中心の距離(瞳孔間距離)など、使用する人のことを全く考慮していません。 左右の度数が全く同じでしかも両眼とも乱視が全く無いという人は少数派です。
ましてや既製老眼鏡の光学中心間距離と瞳孔間距離が一致するとなると、まず合致する人はいません。軽視されがちですが、この光学中心間距離と瞳孔間距離の一致は大変重要なものです。
レンズの中心と眼の中心がずれると、プリズムが発生し、このプリズムが眼の位置を外転させたり内転させたりします。それを正しい位置に戻そうとする力が働くため、眼精疲労など「不定愁訴」を起こすのです。
世界でも有数の厳しさを持つ、ドイツのRALという工業規格では、プリズムの許容量までも厳密に規定されています。
昔の眼鏡職人は、このことをちゃんと理解していて、既製老眼鏡などには手を出さなかったけれど、今のメガネ屋はそうじゃない、と高山先生も嘆いているのでしょう。
嘆かわしいことですが、店の軒先に既製老眼鏡を積み上げて客引きに使っている「メガネ専門店」も多いのです。
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